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2005年01月 アーカイブ

薫子 | 明けましておめでとうございます

 もう明けて3日になってしまいました。昨年は皆様には本当にお世話になりました。「ですぺら」が一日でも長く生きながらえることができますよう、今年もどうぞよろしくお願いいたします。4日より通常通り営業いたします。7時より鴨鍋宴会です。
 大晦日には三日月の出張蕎麦、ありがとうございました。お疲れのところ追い打ちをかけてしまったかも。すんごっく美味しかったです。職人ふみちゃんにもどうぞよろしくお伝えください。
 店主腰痛のため、初詣は省略。オヤジはパソコンの解体、組み立てとテレビで任侠モノと格闘技を見るのに忙しく、私は映画と「ER」まとめ鑑賞、食っちゃ寝の極楽状態。この三日間で確実に3キロは太るでありましょう。
 高遠さま、災難にお遭いになったご様子。御見舞い申し上げます。居直り強盗に刺されなかっただけでも儲けモノとするしかありませんね。どうぞ憂さ晴らしに飲みにいらして下さい。



投稿者: 薫子    日時: 2005年01月03日 04:18 | 固定ページリンク




三日月 外山時男 | 賀正

みなさま、どこがおめでたいのかよくわかりませんが新年おめでとうございます。
大晦日にお集りくださったみなさま、ありがとうございます。
重ねて御礼申し上げます。

台風やらなにやらボディブロウにつぐアッパーカットで今年は蕎麦の厄年だと思い、ダウン寸前津々浦々マット這い回ってどうにかこうにか良い素材集めましたが、そんなことどうでもよくなる災いが続きました。

むかし洗濯屋けんちゃんてのがありました。「職人ふみちゃん」はその面影残したいいにいちゃんではありますが、まだ、「ザ・職人」といえるほど立派なものではありません。蕎麦をこねる、伸す、切る、茹でる。それは並みの手打蕎麦屋がやる以上に出来るようになったとわたくしが太鼓判を押すものの、蕎麦職人、それでしまいであるわけありません。
しかし今後ともごひいきに。

おもうに蕎麦を打つのはスポーツに似ています。いわゆる素人料理ならレシピがあればとまれ何事かを作れるのかもしれませんが、プロのスポーツとなるとそうはゆきません。野球のカットボールの打ち方、サッカーのセンタリングの合わせ方、テニスの危険なストレートへのドライブショットのタイミング、つまりレシピはあっという間にどこかへ消え、実戦では御破算で何度練習した技術や戦術さえも耳鳴りのようになってしまいます。

いちどスポーツに深くかかわって、その複雑さ、限界のカナシサを体験なさった方なら、この消息、たちどころにおわかりいただけるかと存じます。

蕎麦がスポーツならやはりそれは肉体が打つのであって、同時にまた違うなにかが打つのであって、またそれらがねじれ、あるとき軋みあって、つぎの瞬間殺しあう何者かが打つのであって、それについてはわたくしは言葉足らずでなにもお伝えできません。
はっはっは、大袈裟でござんした。
ま、そんなのどうでもよいのであります。

本年も三日月どうかよろしくお願いいたします。
ではまた。



投稿者: 三日月 外山時男    日時: 2005年01月05日 07:06 | 固定ページリンク




如月 | 「人びとと人形展」

四谷シモンは、4月23日から6月12日まで、英国ブライトン市のブライトン
・ミュージアム・アンド・アートギャラリーで開催される「人びとと人形展 
Guys and Dolls」にパネル展示で参加します。
同展は、人びとと人形のかかわりを探究し、ジュモーやブドワール人形、ファッ
ション・マネキン、解剖模型などさまざまなコンセプトの人形とアートとしての
人形を集めた展覧会。アート作品としては、オスカー・ココシュカの作品とそれ
に関する手紙、ハンス・ベルメール作品などが展示される予定です。
≪ This exhibition will explore the ways in which dolls, in a variety of forms, have been used as vehicles for reinforcing and questioning the cultural and social roles men and women play in society. The definition of dolls in this context has been widened to include forms not ususlly associated with the traditional concept of the doll as a child's plaything. Mannequins, anatomical wax models, the ventriloquist dummy and 'love' dolls will feature prominently as either objects or images alongside examples of artists' and filmmaker's work that has relied heavily on the use of the dolls. ≫
くわしくは、こちらのページをどうぞ↓。
http://www.simon-yotsuya.net/information/exposition.htm



投稿者: 如月    日時: 2005年01月14日 14:00 | 固定ページリンク




如月 | 『日経マネー』


本日発売の雑誌『日経マネー』(日経ホーム出版社)3月号・確定申告特集で、
小サイト「世善知特網旧殿」が「マネーDIGITALステーション~この人のブック
マーク」(152頁)に取り上げられました。取り上げてくださったのは、キャ
リア&マネーアドバイザーの渋井真帆さんで、「視点を広げる手助けをしてくれ
るサイト」とのことです。
渋井さんという方はまったく存じ上げなかったのですが、こうしていろいろな人
が小サイトにアクセスしてくださっているということは、とても励みになります。
くわしくは『日経マネー』をどうぞ♪
なお、「マネーDIGITALステーション~この人のブックマーク」は、ウェブから
もアクセス可能です↓。
http://nk-money.topica.ne.jp/bookmark.html



投稿者: 如月    日時: 2005年01月21日 15:54 | 固定ページリンク




高遠弘美 | 矢野峰人訳『ルバイヤート』


 如月さんの記事、いつも興味深く拝読してをります。いろいろな方の目にとまるのも当然かと思ひます。今後とも刺戟的な記事を期待してをります。

 さて、泥棒騒ぎが一段落したかと思ふと、今度は雑事がいろいろ押し寄せ、なかなかしづかな読書の日々が訪れませんが、一冊ご紹介いたしたい本があります。

 矢野峰人訳『ルバイヤート集成』(国書刊行会)。


 矢野峰人訳のルバイヤートは三種あり、いづれも七十五部とか百二十五部とかの限定出版のため、なかなか実際に手にとつて味はふことができなかつたのですが、その長年の渇を一気に癒す本です。
 三種類全部収めて、本体価格五千円。
 装訂はですぺらにもいらつしやる間村俊一さん。すばらしい装訂です。先日は水原紫苑さんの心打たれる歌集『あかるたへ』の装訂もなさいましたが、いづれ劣らぬみごとな出来栄えだと思ひます。
 解説はけふ23日の朝日の読書欄に、悪魔の本で「ひと」欄に紹介されてゐる作家・英文学者の南條竹則さんと、不肖わたくしです。南條さんの解説は微に入り細に入つた力作です。
 どうぞご支援ください。ルバイヤートのお好きな方なら、買つて損はしない筈です。

最後に余計なことをつけ加へますが、「ユリイカ」一月号「翻訳の作法」に名訳詩集についての駄文を載せました。図書館等でお目通し頂ければ幸ひです。



投稿者: 高遠弘美    日時: 2005年01月23日 15:15 | 固定ページリンク




福井の紙布屋 | 充実した時間をありがとうございました。

酒の弱い私が、なぜ モルトに惹かれるのかはわからない・・

ひとことでいうなら やはり
      ですぺら は 感激 でした。

  「どうして ちゃんとしたバーがないんだろう」
  「客にこびるbarばかりが、どうして多いんだろう」 と
   福井のイナカで、つまらないグダを巻きながら、
   たまに飲む、めずらしくもないブレンデッドが 
   ときどきかわいそうに思えてきます。


ですぺらよりもすごいbarがあるかもしれません。
  が、
ワタシのつたないモルトバー暦の中で、
やはり、ですぺら は別格でした。
出張のたびに しこしこ探し回るモルトバーの中で、
言い分けなく在住期間のすべての夜を通ったbarは
ですぺらだけでした。

初心者のワタシには とても楽しい時間でした。
また是非、お邪魔したいと思います。

いまごろ おどろいています、
  酒の弱い私が、なぜ モルトをあれだけ飲めたのかはわからない・・



投稿者: 福井の紙布屋    日時: 2005年01月25日 23:42 | 固定ページリンク




薫子 | 誕生会のお知らせ

 もはや誕生日など喜ばしくもない歳になりましたが、よくも今まで生き延びたと確かめ合うのもよろしいかと、今年も須永朝彦さんと店主渡辺一考の合同誕生会を催したく、ご案内申し上げます。
 日時は二月五日の土曜日、午後七時から。場所は赤坂一ッ木通りのなかほど(一階は居酒屋かっぽうぎ)。会費は男性四千円、女性三千五百円、乙女オヤジはじめ、分類不可能な方は四千円でございます。葡萄酒とウィスキー、焼酎はたっぷりと用意いたします。
 どなたさまもお気軽にお越し下さいまし。



投稿者: 薫子    日時: 2005年01月27日 16:47 | 固定ページリンク




一考 | 跫音

 福井の紙布屋さんからの書き込みに託つけて一言。
 先日、常連の女性客が相手にしろと突っ掛かってき、「なめたらあかんぜな」と言って追い出しました。もう二度と来ないでしょう。その女性は飲み屋のママで、ですぺらの営業方針について説教を試みようとしたのです。一万人のひとがいれば、一万通りの生き方があるように、一万軒の飲み屋があれば一万通りの営業方針があります。否、あってほしいのです。
 客にこびるのが飲み屋だと思っている方や、客へのサービスが当たり前だと信じている方が多いのは不思議です。お客さんの固定観念に則せば、世界中の飲み屋の営業方針は同じものになってしまうではありませんか。客に合わせるのではなく、客が飲み屋に合わせてこそ、個性ある飲み屋が生き残れるのです。
 亡父によると、女郎屋、置屋、お茶屋、仕出し屋、割烹までが水商売なのであって、飲み屋は堅気さんになります。水商売という言葉自体、「商いは水物」からきたのであって、水ものを売るから水商売というのは間違いです。飲み屋風情、要するに堅気のあきんどから水商売について意見を聞かされるのは御免蒙りたいのです。水商売とは、赤坂とは等々、したり顔の小言は聴く耳を持ちません。たとえ最後のひとりの客であっても、客商売やってんだろと言われれば、即座にお引き取り願う覚悟でですぺらを営んでおります。
 私は赤提灯へひとりで飲みにゆくのが好きなのです。たまに千円札を二枚握りしめて近所の「赤坂亭」もしくは戸田笹目の焼鳥屋へ行きます。そこでは口もきかず、ひたすら飲んでいます。誰からも興味を持たれず、誰からも相手にされず、ひとりで酒を飲んでいると、体内をめぐるアルコールの跫音が聞こえてきます。自分と酒、その双方が互いの呼吸をはかり、脈拍を確かめ、からだを寄せ合い、見つめ合います。やがて酒がからだを浸食し、同化し、異物同志がひとつに収斂されて行きます。そのじれったさのなかに身をしゃがませる時、そんな時なのです、生きていてよかったなあと思うのは。充実した時間、それは時間が凍てついたときなのではないでしょうか。このまま滅んでしまいたい、誰か殺してくれないかなあ、などと他愛ない妄想に耽ることができるのです。
 かつて「みせびらきの詞」に「オタマジャクシに手脚が生え、尾がなくなって蛙になったり、芋虫が蛹となり、さらに繭を破って蝶になったりするのが生物学上のメタモルフォーシスであり、それら自然界の法則を空想の世界で一挙に実現させてみせるのが文学です。ところが、その変身を事もなげにやってのける存在がいまひとつ。それは淡い琥珀の液体、すなわちアルコールです。酒は人を虎に、天狗に、狼にと変身させ、挙げ句は宿酔という地獄へ向かっての道行きと相成ります。アルコールを西洋でスピリットと称するのは、まさに言い得て妙。酒には酒の人格があり、屡々人品の面倒すら看てくれるのです」と著しました。なにも変わりませんね。



投稿者: 一考    日時: 2005年01月27日 22:35 | 固定ページリンク




一考 | 高見順賞

 外山時男さんへ
 相澤啓三さんの詩集「マンゴー幻想」が高見順賞を受賞致しました。高橋睦郎さんのお骨折りに感謝。授賞式は飯田橋エドモンドで3月18日ですが、当夜は多人数のため、新宿のナジャとですぺらの二箇処で8時から二次会が催されます。相澤啓三さんや高橋睦郎さんはですぺらの方へいらっしゃいます。蕎麦好きの詩人たちの大集合となります。ぜひ外山さんのご出席を願います。チラシを40枚ほど持参してくださいね。
 風立ちぬ、洗濯屋けんちゃん、ディープスロートは座右の一本ならぬ8ミリで御座いました。「職人ふみちゃん」もどこへやらご出演なさっておられるのでしょうか。三日月一家総出のadult映画「三日月屋ときちゃん」なんざあ、オスカーならぬラジー賞にノミネートされるは必定。私も風呂敷を拡げた手前、相澤さんについて書かねばならないことになり、塵芥(ちりあくた)賞をねらっております。
 冗談はさておき、大晦日の蕎麦には大感激。三日月へは佐々木幹郎さん、高遠弘美さん、間村さんも何度か食しに出掛けているらしく、みなさんご満悦のようす、あなたとあなたが打つ蕎麦に相見えたことに感謝致しております。



投稿者: 一考    日時: 2005年01月27日 23:30 | 固定ページリンク




一考 | 精神の深煎り

 高遠弘美さんへ
 先夜はありがとうございました。
 リサイクルショップを恨むのはご随ですが、真に憾むべきは逮捕された盗人やらでしょう。人を怨むより身を怨めとか罪を悪んで人を悪まずと言いますが、そのような為たり顔には腹が立ちます。その罪が道徳的または宗教的な規範に反した行為ならまだしも、法律的背反行為、要するに法律上の犯罪であれば論外だと思います。法律自体が相対的なものであり、気候、風土、時代、もしくは時の権力者によって任意に歪められるのが常態なのです。従って罪を悪むなどというのは戯言にしかすぎず、悪まれるのはひとでなければならないというのが、私の持論なのです。
 「まだしも」と書いたのは、道徳的または宗教的な規範に反した罪の中心的準拠点は人間の共同体の全体的意向です。そちら側は折口信夫の専門とするところであり、掲示板で採り上げるにはあまりに重いテーマになります。しかしながら、「人」「共同体」「全体的意向」と並べただけで、なにやら胡散臭くなってきます。折口の古代研究は海辺流離や貴種流離にとどめるのが重畳、深入りは精神の深煎りになると危惧致しております。
 いずれにせよ、相澤さんの詩に則って今年は「地上に呪詛を自己に嫌悪を」で行くことに致しました。



投稿者: 一考    日時: 2005年01月27日 23:31 | 固定ページリンク




一考 | がんどうがえし

 一時の客さんへ
 『楽しき没落』のご購入ありがとうございます。「決定版ネオ・ラビリントスを作る勢い」は何処やら、わからぬ遠い国へ忘れ物をしたようです。幕切れがどんでん返しならその後の展開もがんどうがえしの繰り返し、結局『江戸東京《奇想》徘徊記』の続編のみが上梓されるそうです。出版社も現時点では不明だそうです。もっとも、同時代のひとたちが思い込みで拵えるより、後世生れてくるひとや御子息たちにすべてを委ねるのがよいのかもしれません。ご当人も、死後はすみやかに忘れ去られるのを望んでおられたと思います。
 先ほど、角川書店から上梓されていた高名な詩人の全集が完結致しました。ご遺族や著作権継承者に印税を受け取る権利はあっても、出版の是非を決める権利はないと、その全集の編纂に携っておられた方と意気投合致しました。
 いずれにせよ、柿沼さんの尽力によって『楽しき没落』はいい本になりました。4~5年の期間を置いて、あのような書冊を編めばよろしいのではないかと思っております。



投稿者: 一考    日時: 2005年01月27日 23:44 | 固定ページリンク




薫子 | 福井の紙布屋さま

 わざわざ赤坂に宿をとってのご来店、ありがとうございます。こちらの方こそ感謝感激であります。モルトを楽しんでいただけたようで、なによりです。
 北陸は関西に住んでいた時に度々訪れた地ですので、親近感があり、タメ口になっていたのではと後で反省しました。学生時代の貧乏旅行で福井にたどりついたはいいけれど、お金が足りなくなって銀行から引き落とそうとしたら、その当時はまだ全国どの銀行でもOKのATM、などというものが存在せず、今はなき太陽神戸銀行を探しても見つからず、その後悲惨な超貧乏旅行になりました。思い出深い場所です。
 一考がなんだか冬眠から覚めたように好き勝手書き散らしておりますが、お気になさらぬように。また機会がありましたら是非お越しくださいまし。



投稿者: 薫子    日時: 2005年01月28日 04:38 | 固定ページリンク




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