わが邦では蒸留所、即ち生産者が販売者を兼ねるのが一般的ですが、スコットランドではいささか様相が異なります。蒸留所はもっぱらウィスキーを生産し、販売は瓶詰業者との役割分担が長く続いてきました。その理由は、数社もしくは数十社の蒸留所のモルト・ウィスキーをヴァッティング、それにグレン・ウィスキーを加えた、ブレンデッド・ウィスキーがスコッチの中枢を占めてきたからです。従って、ワイン商、ウィスキー業者、仲買人、ビール・メーカーへの樽売りが蒸留所の商売の本命。モルトのピート香の強弱、熟成に用いるさまざまな樽等、瓶詰業者またはブレンダーの細かい注文に蒸留所は応じてきたのです。

 昨今のモルト・ウィスキー・ブームに便乗してオフィシャル・ボトル(和製英語で、本来はディスティラリー・エディションもしくは蒸留所元詰めとすべき)を発売する蒸留所が増えてきました。チョイスが増えるのは結構なことなのですが、オフィシャル・ボトルは大量販売を前提にしています。樽同士のブレンドによる大量生産は香味の均質化をもたらします。蒸留所元詰のウィスキーから原酒の個性、いわばモルトの素顔を窺い知ることは困難です。樽を厳選し、個々の稟質を重視するのが独立系瓶詰業者。モルト・ウィスキーの販売がインデペンデント・ボトラーズを中心に拡げられてきたのには然るべき理由があったのです。

 繰り返しますが、インデペンデント・ボトラーズとは独立系瓶詰業者を意味し、独自に樽を購入してボトリング、オリジナル・ラベルを貼って販売する業者のことです。熟成に用いる樽の種類からアルコール度数に至るまで、彼等は蒸留所とは異なる意見を持っています。

 ケイデンヘッド社やシグナトリー社は自らの熟成庫を持っていますが、中にはザ・ボトラーズ社のように熟成をメーカーに一任する独立瓶詰業者もいます。後者の場合まったく問題はないのですが、ブローカを経て入手したカスク、もしくはボトラー同士の売買によるカスク等、生産元が熟成を管理していないものに関しては、蒸留所名やブランドの記載を拒まれることもあるのです。そのようなウィスキーにはボトラーが独自の銘を与えます。傑作、秀作、苦肉の作、中には抱腹絶倒の怪作あり、インデペンデント・ボトルを嗜まれるときは必ずやボトルを横に侍らせていただきたい。

 複数の樽をヴァッティング、低温濾過を施して加水調整されたものがオフィシャル・ボトルです。他方、インデペンデント・ボトルは色付けや低温濾過を拒み、自然なままのウィスキーを提供するのを旨とします。低温濾過、すなわちチル・フィルターが施されていないウィスキーに水もしくは氷を加えるとウィスキーは半濁します。原因はウィスキー本体の澱、樽の中に含まれる木屑の類なのですが、その澱、言い換えれば靄あるいは霞のようなものこそがウィスキーの微妙な持ち味の欠かせぬ要因なのです。瓶詰業者のボトルにオフィシャル・ボトルよりも美味なものが多い理由も、そのあらかたは低温濾過の有無にあリます。

 

 前述したように、同一の蒸留所であれば、樽と樽をヴァッティングしたものもシングル・モルトと称します。しかし、インデペンデント・ボトルの大半はシングル・カスクです。シングル・カスクとは一樽のみのリミテッド・エディションのことです。バルヴィニー蒸留所はシングル・バレルと著し、バーボン・ウィスキーの世界ではスモール・バッチと呼ばれます。樽については別の項目で記載していますので、重複は避けますが、シングルモルトの個性は樽の数に比例します。毎年、多くの樽にファインスピリッツが詰められますが、長い熟成期間を経て、ウィスキーは樽ごとに異なる香味を育んでいきます。酒はあくまで嗜好品、旨い不味いとの浅薄な考えはあの世で詮議すればよろしいのであって、まず、違いを違いとして愉しむことこそが大切ではないかと思います。

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